一級建築士が建設業界外のスタートアップに行ったワケ

はじめに
自己紹介については下記のページをご参照ください。

NOT A HOTELへの転職

2021年6月28日より、NOT A HOTEL株式会社というスタートアップでArchitectural Design Managerとして働くことになりました。
NOT A HOTELは簡単に言うと、ただ所有するだけだった家、ただ借りるだけだったホテル、この二つを隔てていた境界を取り払い、あたらしい「暮らし」を創造しようとしている会社です。

NOT A HOTELについては、下記のページを参照していただけると!

“独立して設計事務所を開設する” 以外のかたちで、一級建築士が退職エントリを書くというのは、なかなか珍しいのではないかと思う。

NOT A HOTELの社員としては初めての一級建築士にあたるわけだが、なぜ転職先が設計事務所をはじめとした建設業界の会社ではなく、NOT A HOTELなのか。
やや一方的な意気込みも述べつつ、自らの心情を吐露することで、進路の一参考例としてどなたかの助力となれたら嬉しい。

なぜNOT A HOTELに転職したいと考えたのか、理由をいくつか挙げてみたい。

①関われるフィールドの広さ

ル・コルビジェによるLCコレクションや丹下健三による広島の復興都市計画など、家具のデザインから都市計画まで、建築家がその職能の対象としている幅は広範囲にわたる。
しかし、時代が進むにつれて、現在では意匠設計者に加え、家具デザイナー、インテリアデザイナー、プロジェクトマネージャー、都市計画家などその職能は多くの専門家へと細分化されているケースが多い。

まだ事業を立ち上げたばかりのスタートアップで働く報酬の一つは、設計以前の企画・構想やブランディングから、設計以後のサービスローンチや運営にいたるまで、その気になれば自分事として取り組めるフィールドの広さではないだろうか。
これまで、細分化された業務を多く経験してきた自分には、まだ人数の少ない会社において広い視野をもって仕事をしなければならない環境は魅力的に感じた。

NOT A HOTELにおける一つ一つの建築を“木”に例えると、サービス全体としての建築群は“森”だといえる。樹種を選び、剪定を行う“木”のデザインは言うまでもなく重要だが、“森”が一つの生態系として世界観を形成し、美しくあるためにもデザインの力は必要だ。私はNOT A HOTELで、“木”のデザインもやりたいが“森”のデザインにも関わっていきたい。

②新たな暮らし方への挑戦

最初にNOT A HOTELの代表である濱渦さんから「旅するように暮らす」というビジョンを聞いたとき、もういい大人なのにワクワクしてしまう自分がいた。AppleやTeslaのプロダクトに触れたときに心躍ってしまったように、ソフトウェアありきでハードウェア(建築)を創造する世界に強い憧れがあった。
建築や不動産だけでは成立しない、新たな「住」のあり方をつくろうとするチームで自分の専門性を役立てられたら嬉しい。素直にそう思った。

③需要を生む立場

日本には優秀な建築家/設計者が既に溢れるほどいる一方、需要はその数に追いついていない。建築士は国家資格だが、設計事務所の数はコンビニの数よりも多い
そうした状況であるならば、自ら設計も行いつつ、事業者として需要を生む側にも身を投じたい。それがこれまでお世話になってきた建設業界への奉公でもあると思っている。

建築士は設計事務所で設計をするのが正義だという呪い

私は新卒のときから設計事務所で意匠設計者として働いていたものの、2年前に前職へ転職したときから建設業界ではない場所で働いている。

しかし今でも、設計事務所で働く友人たちの活躍を見ると、設計事務所を辞めて建設業界における「THE 設計者」の立場から退いたことが正しかったのかを度々考えてしまう。大学時代から建築家のもとで設計を学び、建築にのめり込んできたからこそ、設計事務所で働く設計者こそが正義だという意識が脳裏に深く刻み込まれている。

自分にとって、これは一種の呪いのようなもので、世の中には様々な価値観があるとわかりつつも、学生時代から持っている古い小さな物差しで、働く場や職能の価値を測ろうとしてしまう自分がいた。

これは揶揄でもなんでもなく、設計事務所で設計を生業にしている人はそれだけで尊敬の念を抱いている。
一方で、同業者のために難しい言葉を使って論考を書き、同業者しか読まない建築の専門誌に向かって作品をつくるような内輪向きの姿勢を勿体ないと思う気持ちも同時に強くあった。
建築士の存在や働き方が多様であることを体現し、もっと多くの人々にとって建築を親しみやすくしたい。そしてその面白さを知ってほしい。

業界と収入の話

建設業界は、オープンデスクという無報酬でのアルバイトや模型作りのための日常的な徹夜など、他の業界から見ると目を疑うような低賃金・長時間労働が常態化しており、そんな働き方に閉塞感を覚えている業界内の人も一定数いると思う。

収入は個人の能力よりも働く場(業界)に影響を受けやすい、と私は考えている。金融業やコンサルティング業への従事者は、建設業で働く人々の1.5~2倍程度平均で稼いでいるが、これは単純に人材の質だけに起因する話ではないと思う。

自らの専門性と働く場(業界)について考えた際に、「営業」や「経理」のような業種に関係なく必要とされる水平的な専門性は業界を跨いだ働き方がしやすい。一方で、「建築士」のような特定の業種に深く関連している垂直的な専門性は、その業界以外で仕事に従事することはかなり少ない。

実はNOT A HOTELの代表である濱渦さんは、社員の平均年収1,000万以上を掲げて起業をしている。

スタートアップでも様々な職種の専門家を雇いながら、その対価を正当に払おうとする代表がいる会社があることを素直に凄いと思ったし、この事業を仲間と共に成功させることで建築士という職業にも良い影響が与えられるかもしれないと思った。

運をつかむために大事なこと

前々職の日建設計でも、前職のWeWorkでも、これまで仕事を共にした上司や同僚は皆、今でも尊敬の念を抱くような人たちばかりで、仕事を通してスキル面だけではなく人としても成長をさせてもらった。

実はNOT A HOTELで働けることになったのも、元々は友人から紹介してもらったことがきっかけだった。誘いがあった当日(深夜1時くらい)にポートフォリオをPDFで友人経由で送付、そしてその日のうちに代表と食事をさせてもらい、その場で採用が決まるというとんでもないスピード転職だった。
もし今「自分の武器は何か」と聞かれたら、僕は「圧倒的な運の良さ」と答えるかもしれない。

ノーベル物理学賞を受賞された小柴昌俊さんは、東京大学を退官する1カ月前の観測で、超新星が発する素粒子ニュートリノをとらえる科学史上の快挙を生んだ。その強運を指摘されると『運はだれにでも等しく降り注ぐが、つかまえる準備をしているのか、いないのかで差がつく』と反論されたらしい。

思い返すと、自分が転職できたのは、NOT A HOTELの話が来る前から事前にポートフォリオを準備していたり、Twitterで副業についてなど日頃から発信していたからこそ巡り合わせることができたチャンスだった。

終わりに

この場では前職であるWeWorkについて詳しく述べないが、WeWorkでは東北初の拠点開発を担当させてもらったり、運営含めたデザインのあり方を形にしていったり、本当に多くのことを学ばせてもらった。

WeWorkといえば、IPOに向けたゴタゴタなどに関するニュースのイメージがある人も多いと思う。当時所属していたチームの8割が解雇されるというような波乱万丈の事態もあったが、事業は上手くいっているときよりも荒波の中の方が学ぶことが多く、経験としては価値があったと思っている。狙ってもできないような貴重な経験をいくつもさせてもらえたことを感謝している。

NOT A HOTELもスタートアップなので、半年後・1年後にどうなっているかなんてわからない。新しい業界で建築士として働く以上全く想定外の未来が起こるかもしれないが、失敗を恐れずにこれからも挑戦をし続けたい。

今後もnoteを書いていくモチベーションになるので、良ければ「スキ」「フォロー」をしてくれると嬉しいです!